- IMD Business School

ビジネススクールで探る「脱成長」

ーKarl Schmedders教授のセッションからー

気候変動と地球環境の劣化が現実のものになるにつれ、成長前提の経済の常識を問い直す「脱成長」(degrowth)の概念が、再び取り上げられるようになりました。金融が専門のKarl Schmedders教授は、タブー視せずに真正面から議論を呼びかけます。

※2023年6月にスイス・ローザンヌで開かれたOWP(Orchestrating Winning Performance)でのセッションから一部を紹介しています。

 - IMD Business School

Schmedders教授:社会や組織の変革のためには、今回取り上げる「脱成長」のような話題も、避けることなく議論するべきテーマだと思います。様々な方が集まるこの場では、難しい議論になるかもしれません。でも、そこから何かを見いだせたら嬉しいです。

さて、皆さんはグリーン成長(green growth)から利益を得られると思いますか。経済的な価値とサステナブルな目標とを、どう融和させていくべきなのか。

※グリーン成長:「経済的な成長を実現しながら私たちの暮らしを支えている自然資源と自然環境の恵みを受け続けること」(環境省HP)

そこにある「温暖化」

Schmedders教授:現在、気温が大幅に上昇しています。6月14日には、1979年以来、最も高い平均気温が観測されました。

海水温も記録的な高さに達しています。魚は海深くに逃れ、中央アメリカでは餌のない鳥が飢餓に陥っています。北極圏では、氷河の15%が毎年失われています。

 - IMD Business School

Schmedders教授:ここでCO2排出量の推移を見てみましょう。ハワイの火山での観測によると、CO2濃度は1959年以降大幅に増え続けていることが分かりました。私の生きている間に500ppmを超え、子供たちの世代には600ppmになっているでしょう。CO2は50〜200年もの間、大気中に残留します。また、メタンガスは12年程度ですが、CO2の約21倍の温室効果を持っています。さらに亜酸化窒素は120年大気中にとどまり、298倍の温室効果があるとされています。

こうした現状を、皆さんはどう考えますか。アンケートで聞いてみましょう。

「気候変動は迷信だ」「気候変動は現実であり、主に自然現象によって引き起こされる」「人間の活動によるものだ」「情報が多すぎて混乱している。何を信じるべきかわからない」……「気候変動は迷信」と思っていらっしゃる人もいますね。

どう思おうとも、世界中でこの問題を真剣に考えて、我々人間の活動が原因だと結論付けられているのです。各国政府は、解決へのステップを踏み始めているのです。

経済成長の代償

Schmedders教授:GDPは素晴らしいものです。批判もありますが、生活の質、長寿、そして子どもが死なないための、幸せになるための代理指標です。では、私たちは今日までどうやって成長を達成してきたのでしょうか。それは環境破壊によってです。 - IMD Business School

Schmedders教授:1992年、国連は初めて実質的なCO2排出量ゼロ目標を宣言しましたが、それ以降も、CO2排出量は増え続け、世界のGDP成長率も上昇しています。

豊かな国ほどCO2の排出量が多く、貧しい国ほど排出量が少ない。また、ESGの「Environment」と「Social」の間で対立が生じることもあります。よい環境政策が社会に悪い影響を及ぼすことだってあるのです。

フランスで起きた「イエローベスト運動」を思い出してください。ディーゼル車への増税は、パリ市内に住む富裕層にはそれほど影響を与えませんが、郊外から車で通勤する低所得者層に経済的な打撃を与え、その結果暴動が起きました。

またロシアのウクライナ侵攻で、欧米ではエネルギーの価格の上昇とインフラが起き、食料費が増え、低所得者層の生活が圧迫されました。インフレが起きたのは、中国のロックダウンによるサプライチェーンの混乱が供給を減らす一方、中央銀行による大量の資金供給で、需要が高まったからです。

環境政策による高いコストもインフレに寄与しています。実現しませんでしたが、ポーランドは、戦争とインフレが起きた時、電力料金の高騰を抑えるために、EUの排出量取引制度の一時停止を提案したこともあります。

公平なエネルギー移行

Schmedders教授:ここで経済成長と社会問題との関係について考えてみましょう。

東南アジアでは、「公平なエネルギー移行」(JET)というコンセプトが掲げられています。マレーシアのある大手銀行は、零細の企業や農家などを支援したい。でも政府は気候変動による影響に手を焼いています。経済支援と気候変動の両方に対処しなければならない状況で、片方を犠牲にするしかないのでしょうか。環境を改善し、生活の質も向上させられる「グリーン成長」は実現できないのでしょうか。

生活の質向上にはより多くのエネルギーが必要ですが、大半は化石燃料です。原子力、水力、風力、太陽光などの代替エネルギーの使用が目下の問題でしょう。

私が若い頃にはすでに、洗濯機やテレビなど電化製品を使っていましたが、今みたく、捨てるなんてことはめったにしませんでした。こんな贅沢な暮らしぶり、貧しい国々の人々はいい気持ちはしないでしょう。

アメリカ人が対象の調査で、年収7万5,000ドルを超えると人生の幸福度や満足度はあまり変わらないという研究結果が知られています。洗濯機や冷蔵庫があれば、ゲームや贅沢なフライトは必要ないのです。

サプライチェーン排出量への意識と課題

Schmedders教授:CO2排出には、3つの「スコープ」があります。スコープ1は直接排出を指します。例えば化学工場から大気中に放出されたCO2が該当します。スコープ2は間接排出。自社の事業活動そのものではなく、電力購入や暖房などから発生したます。

そして、スコープ3は「バリューチェーン全体」を指し、出張などでの移動や、製品が販売されるまでの全過程に関わるCO2排出をカバーします。中国で製造されたマスクが手元に届くまでに発生したCO2も含まれています。

ところで、皆さんは自社の「スコープ」の内容をご存じですか?サステナビリティ・レポートを書いたことは?同じことを最近、20人の企業経営者に尋ねたんですが、サステナビリティ・レポートを読んだのは1人だけ、残りの19人は見てもいませんでした。

CO2排出のネットゼロに向けた行程表を作っている企業は多くありません。2050年までのネットゼロ達成を宣言する企業もありますが、それがどういう意味なのかを理解していないところが多いです。新年の抱負みたいなもので、じきに忘れられてしまいます。

どうすればネットゼロにできるでしょうか。大手石油産業企業で、ネットゼロの目標を無責任に立てたトップが、それを達成しないまま退任してしまうという事態が起きています。スコープ3の排出量が取りざたされると、石油産業には都合のいい話にはなりません。エネルギー関連企業がスコープ 3 の目標を達成するために事業を中止するなら、消費者は代替のエネルギーを選ぶか、あるいはより排出量の多い方法を選ばざるをえない可能性があります。

欧米の企業は、エネルギーの多様化に取り組んでいますが、構造が完全に変わっていないので、実現には時間がかかるでしょう。

「ホライゾンの悲劇」を乗り越える

Schmedders教授:気候変動という地球規模の問題がある一方、企業役員や政治家は、選挙や四半期の利益など、目先の課題に焦点を合わせがちで、気候変動という長期の課題への戦略や視点を欠いています。気候変動の影響が顕在化する時間軸と、政治経済の領域での時間軸のギャップは、「ホライゾンの悲劇」(tragedy of horizon)という言葉があるほど、大きな課題となっています。

時間軸のずれを解決する方法の一つとして、経営陣のKPIの変更が求められています。短期的な利益追求から、持続可能性と地球規模の影響を考慮した長期視点と行動を促すようなKPIにすべきだというのです。

社内炭素価格の導入で持続可能な経営を

参加者から共有された事例をもとに、Schmedders教授は社内炭素価格(Internal Carbon Price, ICP)を紹介。企業が内部で炭素の価格を設定し、それをビジネス戦略や決定に反映させる、その重要性を強調しました。

Schmedders教授:社内炭素価格(ICP)とは何か。将来の炭素税増税を見越し、企業が長期的な事業計画を立てる際に入れ込むコストです。実際、店舗を建てる際のコストにICPを入れているスーパーマーケットがスイスにあります。ICPを設定することで、短期的にはコストがかかりますが、長期的には新しく建てた工場のCO2排出量を減らせるので、企業は環境に配慮した選択をし、持続可能な経営を実現しています。

私の願いは、マレーシアやインドネシアの農民に直接資金を提供し、ヤシの植樹を広げることで、CO2の吸収を増やし、地球にプラスになる仕組みを構築すること。これほど素晴らしいことはありません。

変革の鍵はインセンティブ

どうしたら企業自らCO2削減に本気で取り組むのか。CO2削減の目標を達成できなかった場合、報酬を増やす乗数が適用されないルールや、影響額が報酬の2割に達すると話す参加者もいました。事業評価やKPIにCO2削減の項目を入れ、報酬に反映させるこうした事例を受け、Schmedders教授はインセンティブ設定の重要性を説きました。

Schmedders教授:こうした(インセンティブ施策)取り組みが、状況を変えていくのです。人々はインセンティブに反応する、というのは経済学の原則です。皆、良い人になりたい、世界を救いたいと願う一方で、財政的なプレッシャーやインセンティブに反応するものなのです。

今こそインセンティブを押し出すときです。経営者はこうしたアイデアを実装し、組織全体に浸透させてほしいのです。 

グリーン成長の軌跡とこれから

Schmedders教授は、経済成長と環境保護を両立させるグリーン成長を追求する欧州の政策を紹介しました。

Schmedders教授: 経済成長は繁栄と幸福をもたらし、多くの国で飢餓や乳幼児の死亡率が減り、寿命が延びました。 ただ、経済成長には温室効果ガスの排出、生物多様性の損失といった副作用もあり、それが環境の悪化につながっています。 気候変動対策は何かと制限が多すぎると言う人はたくさんいます。しかし、過去2度起きた大量絶滅に匹敵するような、膨大な数の動物が死に絶えているのが現状です。この連鎖を断ち切れるのでしょうか。

英国では 1956 年に大気浄化法(Clean Air Act)が制定されました。数百万トン単位の CO2は今も排出されてはいますが、同国での石炭消費量は1956 年以来減っています=上写真。一方、1人当たりの実質 GDPはこの間、大きく上昇してきました。ここから言えるのは、GDPの上昇と環境破壊の間の相関性は断ち切れるかもしれないということ。これがグリーン成長が目指すものです。

グリーン成長は、経済成長を続けながら、自然の資源や環境サービスが持続可能な方法で提供され続けていくことを指します。1980年代半ばに生まれ、2009年の金融危機を受けOECDが提唱しました。

グリーン成長の概念に基づき、2021年にEUが打ち出した「欧州グリーンディール」では、脱成長ではなく、経済成長と気候変動対策の両立が理念に謳われています。EUでは、とりわけ南東ヨーロッパの発展が必要だと考えられていて、だからグリーン成長が必要なのです。EUの「Fit for 55」(FF55)を思い出す方もいるでしょう。FF55は2030年までに、少なくとも55%(1990年比)のCO2削減を目指す政策パッケージです。

どうやって2030年までにCO2排出量を30%減らし、残りの70%を2050 年までに確実に減らし、ネットゼロを実現するのか。そのために私たちは、何ができるでしょうか。

Latest
News Stories Leadership Sustainability
IMD case recognized at The Case Centre Awards and Competitions 2024
IMD Professors Julia Binder and Heather Cairns-Lee received the award in the Outstanding Case Writer: Hot Topic category.
Alumni Stories
“I used to be an oil engineer, now I’m an engineer in emotions”
From oil to chocolate – how Norwegian Alumni Club President Sigmund Festøy (MBA 1992) transitioned to the food industry and learned about the importance of emotions in B2C.
“I used to be an oil engineer, now I’m an engineer in emotions”
News Stories China
Alibaba posts weaker than expected results – but new IMD research shows company strategy is still delivering value
Alibaba, China’s US-listed e-commerce giant missed market expectations for revenue in the December quarter, but announced it is boosting the size of its share buyback program by $25 billion, as shares jumped 5% on the news and then settled back to a 5% discount on the day.
Alibaba posts weaker than expected results – but new IMD research shows company strategy is still delivering value